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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6193号 判決

原告

確井柄吉

被告

富士火災海上保険株式会社

主文

一  被告は原告に対し、金三九三万円およびこれに対する昭和四八年八月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  保険契約の締結

訴外木村弘は、被告との間で、同訴外人所有の自動二輪車(登録番号練馬マ一一〇九号、以下「本件自動車」という。)について、保険期間を昭和四五年八月二五日から昭和四七年九月二五日までとする自動車損害賠償責任保険契約(保険証明番号第〇一―一〇六八一八号)を締結した。

(二)  事故の発生

原告は、次の交通事故により傷害を受けた。

1 日時 昭和四六年八月七日午後五時二五分頃

2 場所 東京都練馬区上石神井町二丁目九三四番地先路上

3 加害車 本件自動車

右運転者 訴外松本引植こと崔引植

右同乗者 原告

5 被害者 原告

5 態様 訴外崔引植は、本件自動車の後部座席に原告を同乗させ、本件自動車を運転して前記道路上を練馬区大泉町方面から同区関町方面に進行中、運転を過り、右自動車を進行方向左側の道路脇にあるコンクリート塀と電柱の間に激突させた。

6 傷害の部位・程度および後遺障害

原告は、右事故のため、右大腿骨折、左大腿骨折、左第四指脱臼、多発性外傷(全身)等の傷害を受け、その治療のため、入院一〇七日間および通院一年余を要したが、その間に左足を大腿部で切断する手術をなし、一下肢を膝関節以上で失つたものとして、自賠法施行令第二条別表の後遺障害等級第四級第五号に該当する後遺障害を残した。

(三)  責任原因

訴外木村弘は、本件事故発生時において、本件自動車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条に基づき原告に対し後記損害を賠償すべき責任がある。したがつて、被告は、自賠法第一六条第一項に基づき、原告に対し、保険金額の限度において、右損害額の支払をなすべき義務がある。

(四)  損害

原告は、本件事故により、次の損害を被つた。

1 入院治療関係費 金四五万九、七〇八円

(内訳)

田中脳神経外科診療所 金二四万九、四三六円

東京大学医学部附属病院 金二一万二七二円

2 付添看護料 金一九万二、〇〇〇円

3 仲縮用松葉杖代 金三、一〇〇円

4 交通費および入院諸雑費 金一四万四、〇五〇円

5 逸失利益 金三八一万四、二〇一円

原告は、昭和二九年七月二三日生まれで、事故発生当時一七才の高校生であつた。原告が、高校卒業とともに就労したとして、その収入は月収金三万六〇〇円を下らず(政府の自動車損害賠償保障事業査定基準による)、就労可能年数四五年(一八才から六三オまで)の間引続き少くとも右収入を得られたであろうところ、本件事故による前記後遺障害により、原告はその労働能力の一〇〇分の九二を喪失したから、収入の二分の一の生活費およびホフマン式(年別)による中間利息を控除して計算すると、原告の逸失利益の現価は、次の計算式のとおり、頭書の金額になる。

30,600×12×1/2×92/100×22.581=3,814,201

6 慰藉料 金八〇万円

(五)  結論

よつて、原告は、自賠法第一六条第一項に基づき、被告に対し、保険金額の限度内で、傷害による前記損害額のうち金五〇万円および後遺障害による前記損害額のうち金三四三万円ならびに右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和四八年八月二三日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

請求の原因(一)(保険契約の締結)の事実は認める。

同(二)(事故の発生)1ないし4の各事実は認める。

同(二)5(事故態様)のうち、本件事故発生時において、訴外崔引植が本件自動車の後部座席に原告を同乗させていたことは認めるが、その余の事実は不知。

同(二)6(傷害の部位・程度および後遺障害)の事実は不知。

同(三)(責任原因)のうち、訴外木村弘が本件事故発生時において本件自動車を所有していたことは認めるが、その余は争う。

同(四)(損害)の事実は不知。

三  抗弁

(一)  訴外木村正弘が昭和四六年八月七日その父親である訴外木村弘所有の本件自動車を運転して西武線大泉学園駅前の喫茶店に遊びに来たところ、たまたまそこに居合せた原告および訴外崔引植は、訴外木村正弘に対し、右自動車を貸せと申し向け、もし右要求に応じない場合は、同訴外人の身体に危害を加えかねない気勢を示して脅迫し、その旨畏怖させ、同訴外人から右自動車の交付を受けて、これを喝取した。したがつて、これにより、訴外木村弘は、本件自動車の運行支配・運行利益を失つたものである。本件事故は、その後に発生したものであるから、同訴外人には、本件事故について自賠法第三条の責任はない。

(二)  また、本件事故発生当時、本件自動車は、原告が学ぶべき学習塾を捜す目的で使用されていたものであるから、原告は、本件自動車の運行供用者の地位にあつたものというべきである。したがつて、原告は、自賠法第三条の「他人」には該当しないから、訴外木村弘には、本件事故について同条の責任はない。

四  抗弁に対する答弁

抗弁(一)の事実は否認する。

同(二)のうち、本件事故発生当時、本件自動車が原告の学ぶべき学習塾を捜す目的で使用されていた事実は認めるが、その余の被告の主張は争う。右事実が存在しても、直ちに原告が本件事故発生当時本件自動車の運行供用者であつたとはいえない。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  争いのない事実

請求の原因(一)(保険契約の締結)の事実、同(二)(事故の発生)1ないし4(日時、場所、加害車、運転者、同乗者、被害者)の各事実、訴外木村弘が本件事故発生時において本件自動車の所有者であつた事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  事故態様、傷害の部位・程度・後遺傷害

〔証拠略〕を総合すると、請求の原因(二)5(事故態様)のとおりの事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

また、〔証拠略〕によれば、本件事故により原告が受けた傷害の部位・程度、その後遺障害が、原告主張(請求の原因(二)6)のとおりであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  責任原因

すすんで、訴外木村弘の自賠法第三条の責任の有無について判断する。

訴外木村弘が本件事故発生時において本件事故車である本件自動車の所有者であつたことは、前認定のとおりである。

そこで、被告の抗弁について判断することとする。

まず、抗弁(一)についてみるに、原告および訴外崔引植が訴外木村正弘から本件自動車を喝取したとの事実は、本件全証拠によつても認められない。したがつて、右喝取を前提とする被告の抗弁(一)は理由がない。

次に、抗弁(二)について検討するに、本件事故発生当時、本件自動車が原告の学ぶべき学習塾を捜す目的で使用されていたとの被告主張事実は当事者間に争いがなく、被告は、右事実のみを理由として、原告が本件自動車の運行供用者の地位にあつたものであり、自賠法第三条の「他人」に該当しない旨主張する。しかし、原告は訴外崔引植が運転する本件自動車の同乗者であつたという前認定の事実関係の下において、本件自動車が右のような目的で原告のために使用されているからといつて、直ちに原告が本件自動車の運行供用者であるとはいえず、したがつて、原告が自賠法第三条の「他人」に該当することも否定しえないことは明らかである。その他、原告が本件事故発生前に本件自動車の保有者である訴外木村弘あるいはその息子の訴外木村正弘などから本件自動車を借り受けたというような原告が運行供用者であることを理由づける事実は、証人木村正弘の証言によつてもいまだこれを認めることができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、抗弁(二)もその理由がないので、採用しない。

以上によれば、木村弘は、本件自動車の保有者として、本件事故の発生について自賠法第三条の責任を免れないものといわなければならない。

よつて、被告は、自賠法第一六条第一項に基づき、原告に対し、保険金額の限度で、原告が本件事故により被つた損害額を支払う義務がある。

四  損害

(一)  入院治療関係費 金四五万九、七〇八円

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故による前記傷害の治療費として、田中脳神経外科診療所に対し金二四万九、四三六円、東京大学医学部附属病院に対し金二一万二七二円(文書料を含む)を支払つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  付添看護料 金一九万二、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告が前記傷害の治療のため入院治療中の昭和四六年八月一七日から同年一一月二一日までの間付添看護を要し、その費用として右金員を出捐したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  伸縮用松葉杖代 金三、一〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告は伸縮用松葉杖代として、右金員を出捐したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(四)  交通費および入院諸雑費 金九万九、〇五〇円

〔証拠略〕を総合すると、原告は、前記傷害の治療のため、田中脳神経外科診療所と東京大学医学部付属病院に入院中、雑費として金三万三、六五〇円を出捐したことならびに病院への交通費として金六万五、四〇〇円を出捐したことが認められる。しかし、入院雑費および交通費として右認定額以上の金員出捐したとの原告主張事実を認めるに足る証拠はない。

(五)  逸失利益

〔証拠略〕を総合すると、原告は、昭和二九年七月二三日生まれの男子で、本件事故発生当時一七才の高校生であり、その後これを卒業してからは、学習塾に通つたり、時折家業のポリエチレン加工の仕事の手伝などをしているが、遅くとも昭和五一年度よりは就労しうる状態にあることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右事実によれば、原告は、本件事故にあわなければ、少くとも満二一才の高等学校卒業男子労働者の給与程度の収入を昭和五一年から就労可能な年限まで得られたはずであり、右収入の額は、昭和四八年度の労働省労働統計調査部刊行の同年度賃金センサス第一巻第二表による同年令の高等学校卒業男子労働者の平均給与(賞与を含む。)である年額金一〇九万六、九〇〇円を下らないものと推認される。ところが、原告は、前記後遺障害のため、少くともその労働能力の一〇〇分の八〇パーセント程度を喪失し、それは原告の就労可能年数四六年(六七才まで)中継続するものと認められるから、原告の逸失利益の現価をライプニツツ式計算方法により中間利息を控除して算出すると、その額は、原告の主張額である金三八一万四、二〇一円を上回ることが明らかである。

(六)  慰藉料

原告が本件事故により被つた前記傷害の部位・程度および後遺障害の程度その他諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故により被つた精神的損害は大きく、これを慰藉するには、原告主張の金八〇万円をはるかに越える金額を要するものと認められる。

以上によれば、本件事故により原告が被つた損害額は、本件自賠責保険金の限度である傷害による損害金五〇万円、後遺障害による損害金三四三万円をいずれも超過していることが明らかであるから、被告は、自賠法第一六条第一項に基づき、原告に対し、右合計金三九三万円ならびにこれに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四八年八月二三日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五  結論

よつて、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 和田日出光)

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